どこまでが〈障害〉で、どこまでが〈健常〉なのでしょうか?

だれがその〈境界線〉を引いているのでしょうか?

マイノリマジョリテ・トラベルは、10年前と変わらないこの問いかけを出発点として、

社会を構成する私たち1人1人が日々行っている

アイデンティフィケーション=差別の行為を可視化する表現を目指しています。

映画監督 佐々木誠

1975年生まれ。高校卒業後、あがた森魚監督などの映画作品にスタッフ・役者として多数参加、同時期に桜井鉄太郎プロデュース「Yipes!」など数本のシナリオを執筆。98年よりソニーミュージック・エンタテインメントにて数多くのアーティスト・プロモーション用映像を演出する。現在、フリーディレクターとして音楽PVの他にVP、TV番組などの演出、構成執筆など。06年、初監督ドキュメンタリー映画『Fragment』がロードショー公開され、アメリカ、ドイツなど海外上映も含め3年以上のロングランとなる。その後、オムニバス映画「裸over8」の内の一本『マイノリティとセックスに関する2、3の事例』(07)、『INNERVISION』(13)が国内外で公開。15年『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』が公開。他に、ハリウッドで制作された『バイオハザード5』(09)ビハインド・ザ・シーン演出、フジテレビで放送されたNONFIX『バリアフリーコミュニケーション 僕たちはセックスしないの!?できないの!?』(14)演出、紀里谷和明監督『GOEMON』(08) 夏帆主演『パズル』(14)等の脚本執筆など。またアメリカ、南カルフォルニア大学他2校(UCSB、UC Riverside)での上映・講演、慶応大学・法政大学での講義、和田誠やロバート・ハリスらと定期的に映画についてのトークイベントなども行っている。

マイノリマジョリテ・トラベル・クロニクル実行委員会

代表:樅山智子

福井生まれ、ニューヨーク/カリフォルニア育ち、東京在住の作曲家。スタンフォード大学にて作曲と文化心理学を二重専攻し卒業。文化庁新進芸術家派遣制度研修員としてオランダ王立ハーグ音楽院作曲科留学。日本国内のほか、アジア、ヨーロッパ、北米、中米、アフリカ各地の文化機関や芸術祭から招聘委嘱を受け、サイト・スペシフィックなプロジェクトを展開。背景の異なる人々を巻き込んだ〈旅〉をデザインし、人と環境との対話を媒介することで、共同体に属する音楽を紡ぎ出す。様々な社会的マイノリティのコミュニティや異分野の専門家等との恊働を通して、同時代的であると同時に民俗的であるからこそ現代社会に対するコメンタリーとなりうる音楽を探求し、アイデンティティの問題を掘り下げている。ツアー型の演劇作品、インタラクティブなサウンド・インスタレーション、儀式パフォーマンスなど、表現メディアは多岐にわたる。マイノリマジョリテ・トラベル主宰、日本相撲聞芸術作曲家協議会理事。

マイノリマジョリテ・トラベル・クロニクル実行委員会

事務局:長津結一郎

2013年、東京藝術大学大学院音楽研究科音楽文化学分野芸術環境創造専攻博士後期課程修了。博士(学術・東京藝術大学)。障害者の表現活動をはじめとした、社会包摂的な芸術活動を主たる研究対象としている。異なる立場や背景をもつ人々がどのように協働することができるのか、研究/実践の双方からのアプローチを試みている。NPO法人多様性と境界に関する対話と表現の研究所代表理事。共編に『アートプロジェクト:芸術と共創する社会』(水曜社、2014年。熊倉純子監修、菊地拓児との共編)。2008年アカンサス音楽賞受賞。日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科教育研究助手、東京家政大学非常勤講師、慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所研究員を経て、2016年より九州大学大学院芸術工学研究院助教。

■マイノリマジョリテ・トラベルとマイノリマジョリテ・トラベル・クロニクル

樅山智子(作曲家)の呼びかけで2005年に立ち上げられたマイノリマジョリテ・トラベルは、2005年から2006年にかけて羊屋白玉(演出家/指輪ホテル)と三宅文子(プロデューサー)をクリエイティブ・チームに迎えて「東京境界線紀行」プロジェクト(明治安田生命社会貢献プログラム「エイブルアート・オンステージ」第2期パートナー)を実施し、表現活動における〈障害〉の概念へ問題提起を行いました。

 

オーディションで公募したのは、「自らの特徴や背景が社会の構造から排除されているが故に、生活において〈障害〉を経験したことがある人。そして、その〈障害〉を自己認識し、魅力と捉えてカムアウトした上で表現活動を行える人」。そうして、脳性麻痺、アルトログリポージスなどの身体障害のほか、性同一性障害、摂食障害、アルコール依存症、レズビアン、うつ病、在日外国人、元路上生活者など、様々なマイノリティ性を抱えた表現者たちが集りました。

 

メンバーそれぞれのアイデンティティの文脈を訪ね合う〈旅〉を共有することから、公演はかたちづくられていきました。性的マイノリティでアルコール依存症の人々の話し合いに参加したり、路上生活者と車いす利用者が労働を交換するシェアハウスを訪ねたり、福祉用大型バスに乗って長距離移動をしてみたり、アルトログリポージスという障害をもつメンバーの半生に耳を傾ける講談を開催したり、性同一性障害を自覚するメンバーの一人芝居を観劇したり、摂食障害など様々なテーマの自助グループが集まるお祭りに参加したり…。

 

異なる視点をもったメンバーたちが東京の複数の層を一緒に旅することで、〈マイノリティ〉と〈マジョリティ〉の立場が相対的であり、線引きはその場その場で移り変わるものであるということを、身を以て体験します。そして、そのパラダイム・シフトの共同体験からパフォーマンス作品『ななつの大罪』を創り、発表しました(2006年4月30日、東京)。都バスの中で繰り広げられる「バス・クルーズ」、スゴロクを片手に路上をめぐる「探検クルーズ」、そして倉庫が劇場となる「ステージ・クルーズ」の全3幕により構成される本作品は、反転する東京の境界線の内と外を一日を通して観客とともに行き来する旅でした。

 

上演当時、「東京境界線紀行『ななつの大罪』」は、大きな評価を集めました。公演を体験した人たちにとっては世界観が変わってしまうほどの衝撃をもって受け止められた「東京境界線紀行」。その活動の本質を、その時その場に居合わせなかった、より広い観客にも伝えていきたい。

 

しかしながら、人々のデリケートなアイデンティティの問題に踏み込んだ「東京境界線紀行」の記録を、そのまま一般にひろく公開することはできません。時にはタブーにもなりえるような様々な属性をもった人々が、創作のプロセスにも、公演そのものにも、関わっているからこそ、その記録の編集と公開には丁寧な検証と繊細なデザインを要します。

 

「東京境界線紀行」から10年が経ちました。参加者たちは、2006年以降も作品が投げかけたテーマと向き合い、それぞれ各自の表現活動を続けてきました。と同時に、様々な障害を抱える当初の出演者の中には、残念ながらすでに他界してしまった人たちもいます。同じメンバーで再演することが不可能であるにもかかわらず、活動の記録が公開できないまま人々の記憶は変容し、徐々に作品が社会から忘れられていくことの現実に、私たちは危機感を覚えました。

 

一方で、社会はどれだけ変化したのでしょうか。

 

渋谷区の同性パートナーシップ条例が発行され、LGBTという言葉の普及とともに、性同一性障害という病名は社会的に認められてきました。テレビでは障害者文化をめぐる様々な企画番組が注目を集めるようになり、日本の社会的マイノリティをとりまく環境は改善してきたようにも思えます。しかしその一方で、ヘイト・スピーチは年々過激になり、自分とは異なる他者に対する無意識の差別や匿名のいじめも横行しています。沖縄の基地開発における環境破壊や、原発難民の問題など、マイノリティとマジョリティの構造における搾取の構造は依然として残っており、もしかしたらその格差は拡がっているのかもしれません。これからはますます少子高齢化が進み、深刻な過疎化と移民や難民の流入が予想される日本社会において、アイデンティティの問題はより複雑になってゆくでしょう。

 

このような思いから私たちは、今だからこそ、10年前の活動の記憶を掘り起こし、現代に投げかけたい、と考えました。映像表現に関する法的解釈を十分に検討した上で、ドキュメンテーションとアーカイヴ公開の課題に対してクリエイティブな昇華と解決に挑もう、と。そして、「東京境界線紀行」に関わった人々やそれらを取り巻く社会の10年間を追うドキュメンタリーフィルムを制作しようと思い立ったのです。

 

検証映像「記憶との対話~マイノリマジョリテ・トラベル、10年目の検証~」は2016年3月に完成し、東京にてプレミア上映されました。今後は各地で上映を重ね、現代の日本社会における〈障害〉と〈健常〉の境界線をそれぞれの文脈に照らし合わせて再考し、この作品が投げかける問題意識について様々な方々と話し合いたいと思っています。

 

 

(C) マイノリマジョリテ・トラベル・クロニクル実行委員会